「ジーナとコケシ」でいなべ旅へ①
名古屋から1時間でたどり着く三重の大自然

2021.09.20

最近いなべが“アツい”らしい。

自然豊かなこの町には近年、若い世代が移住し、新店舗が続々とオープンする。
そんな三重県いなべ市が人々を惹きつける魅力とは?

大ナゴヤジャーニーの第一回に声をかけた旅の仲間は、「gina coffee」のジーナさんと「COKESHICAKES」コケシさん。
名古屋をはじめ各地での出店が相次ぎ、今“アツい”2人だったから。
間借り喫茶で「ジーナトコケシ」を組む名コンビにとって、いなべ市はどう映るのだろうかーー。

名古屋から約1時間。宇賀渓という名のワンダーランドへ

今回の旅のスタートは、三重県いなべ市と滋賀県東近江市の境にある竜ヶ岳。標高1,099mにも及ぶ山頂付近ではシロヤシオの群生が一面に広がり、春には白い花を咲かせ、秋には美しく紅葉することで有名だ。我々が訪ねた時期は、青々とした緑が映える夏。側道にはヤマアジサイやツルリンドウが咲き、上を見上げればコオニヤンマが飛び、川面には美しいミヤマカワトンボが羽を休めていた。

旅をともにするのは、移動珈琲屋『gina coffee』のジーナさん。愛用する黒いロンドンタクシーをモチーフにした車「ユーガ」の中で、自家焙煎コーヒーを淹れている。もう一人は、お菓子屋『COKESHICAKES』のコケシさん。お菓子屋やカフェでの修業を経て、スパイス・ハーブを組み合わせたお菓子をつくっている。そんな個性が光る2人は、買ったばかりだという登山用シューズとウェアをこの日のためにと用意。やる気も準備もバッチリだ。

出発地となる宇賀渓観光案内所から、北河内林道を通っていざ山へ。緩やかな傾斜の林道を進むと、たった数分で辺り一面は木に囲まれ、我々は深い森の世界へと誘われる。

夏だと言うのに涼しげな風が吹き抜け、遠くから鳥のさえずりが聞こえてきた。我々人間が心地よいと感じるこのエリアには、生き物にとっても快適らしく、多様な野生の動植物が生息している。環境省が制定した、国内500か所にある「生物多様性保全上重要な里地里山」の5つが三重県にあり、その一つが竜ヶ岳なのだ。

「日本列島の中でも、日本海と太平洋との距離が短いのがこのエリア。そのため、シジュウカラやオオタカなどの鳥類や、チゴユリ、希少と言われるエビネなど、北と南の生物が共存しています」

そう語るのは、宇賀渓観光協会の諸岡良治さん。長年の山登り好きが転じて、約6年前からこの宇賀渓観光アドバイザーの仕事を始めたという。三重県を中心に、国内の山々を登り歩いてきた諸岡さんが、あらためてこの山の魅力について語った。

「竜ヶ岳と言えば、美しい稜線。その名の通り、まるで竜のシルエットのような曲線美を見せてくれます。その竜は、なんと言っても麓の変化に富んだ渓谷と滝によるもの。山容からは、懐の深さを感じさせてくれます。宇賀渓と山頂部一帯の広大な笹の原からは、360度の大パノラマが広がっていますが、山頂に行かなくとも、山道を歩けば四季折々の絶景が楽しめるのも魅力です。『春は山笑う、夏は山滴る、秋は山粧う、冬は山眠る』ように、いつ訪れても異なる表情を味わえます」

滑らかな起伏の山道を歩くと、背の高い木から差し込む光によって、森の雰囲気は異なって見える。道中には川や橋、ぐねっと曲がった道や真っ直ぐ伸びる一本道もあって、諸岡さんの言葉通り、この山道は訪問者を飽きさせない。ほんの少しのハイクでも、その魅力を垣間見ることができた。

夏の山道を軽快に歩きながら、会話を弾ませるジーナさんとコケシさんは、両者ともに久々の山歩きだと言う。2人は澄んだ空気や町との気温差を実感。大自然が醸し出す「癒し」の力に、魅了されていった。

『ジーナトコケシ』が始まったのは、2021年4月。その約2ヶ月前に、コケシさんが間借り喫茶の話をジーナさん持ちかけたという。「間借りでお菓子を販売するなら、コーヒーやアレンジドリンクを手がけるジーナさんとやりたい」。そんな思いと、彼女たちの持つ世界観は共振し、2人の店を始めて早4か月。毎週木曜日の営業を丁寧に、ひたむきに続ける彼女たちの周りには、常連客も多い。

『ジーナトコケシ』で大事にしていることを2人に聞くと、ジーナさんから「ゆるさ」という言葉が出てきた。

「ガチガチにルールを決めて、計画して……っていうのは苦手な私たちなので、仕事を気持ちよく、生き生きとやっていく上で、心地よいゆるさが大事だと思っています。実は『ジーナトコケシ』は仲良しから始まった訳じゃないんです。だから、接客だったり、お互いのペースだったり、探り探りだけど、ゆるく。そんなところも大事にしています」

そのゆるさはだらけるという意味でも、自分たちが好き勝手やるという意味でもない。お客さんのイメージに合わせた雰囲気づくりを心掛けていると、コケシさんは語る。

「それぞれのコーヒーとお菓子のペアリングはもちろん、お客さんのイメージに合わせて食器やカトラリー、盛り付けを変えています」

お客さんそれぞれにとって心地よい時間が楽しめるように。2人の呼吸を合わせて、ちょうどよい「ゆるさ」で場を和ませている。

木漏れ日のシャワーを全身で受け止めながら、すがすがしい気持ちで歩みを進めていくと、北河内林道の終点にたどり着いた。宇賀川をまたぐ丸太の橋から遠くに見えたのは、日本百名谷の入り口である、落さ6mの白滝だ。滝の登場に心躍る2人は、丸太の橋から写真を撮りあっていた。

白滝から山道を歩き進めていく途中、4階建てくらいの高さの橋を渡る。その下を流れる澄んだ川には、アカザ、アマゴなどの魚が生息。目を凝らすと橋の上からでも、魚たちの泳ぐ姿が見えるという。

橋からやや細い道へ分け入り、歩くこと約5分。岩の奥から見えたのは、魚止滝(うおどめだき)だ。名前の由来は、川を泳ぐ「魚」がこれ以上登れず、行き「止まり」になることから。落差8mでありながらも、水の流れに勢いがあり、空中に舞うミストが涼を誘う。

先ほどの白滝よりも迫力のある姿に興奮した2人は、岩に登って滝の見える場所で一服。

川の水に触れたり、きれいな石を拾ってみたり。「滝も素敵だけれど、横にある岩に流れる水がいいよね」「わかるわかる」と頷いたり、共感し合う2人は自然の魅力に、どんどん引き込まれていった。

カエルの歌声や花のこと、道中にさまざまなことを教えてくれる諸岡さん。それは早く登るより、道草が楽しいから。「思い返せば小学校の頃から、道草ばかりでしたね」と笑って語る。

軽快に笑いながら山歩きの面白さを語る諸岡さんの話は、スッと話が頭に入り、自然と納得できてしまう。いつ誰と何をしたか、何を話したかによって旅の印象が異なるように、山の案内人との旅路は、忘れられない記憶となった。

青緑の中、甘くてほろ苦い「癒し」のひと時を

「ずっと自然の中でコーヒーを淹れて、おいしいお菓子を食べてみたかったんです!」

今回の旅の提案をした時、2人が一番楽しみにしてくれたことだ。自然の中で初めての『ジーナとコケシ』。なだらかな川岸を探していくうちに、二人の表情がちょっと真剣に変わった気がした。

この日のために用意したというコーヒー豆は、深煎りのブレンドと中浅煎りのウガンダ。

「2種類飲み比べできたら楽しそうだと思って、持ってきました。基本は深煎りが好きなので、ブレンドは深煎り、シングルは豆にあった焼き方にしています。例えば、ウガンダの豆を深煎りにしちゃうと、豆の香りや風味を消してしまうので」

でもエチオピアの豆は深煎りも浅煎りも、どちらもおいしいんです。とジーナさんは語った。

この企画に心を弾ませたのはコケシさんも同じだ。山で食べるお菓子は何がいいだろうかと考え、持ってきてくれたのはクッキー缶。スパイスやハーブを使ったクッキーが7種類とナッツが2種類入った、山で食べるなんて夢のような一箱だ。

「最初はケーキを考えていましたが、クッキー缶は贈り物にも最適。しかも持ち運びも便利で、ワンハンドで食べやすい。何種類も詰めて、皆でクッキーをつまむ姿を想像したら、山こそクッキー缶だ!って思ったんです」とコケシさんは言う。

カモミールレモンクッキーやコリアンダーココナッツクッキー、七味黒胡椒ナッツ……。どれもコケシさんの感性によって生まれる、味の組み合わせだ。「コリアンダーとココナッツって合うんですね!クセになっちゃいます」と話が弾み、淹れたてのコーヒーと共に、山でのティータイムを堪能。手が止まらないですねと一同はクッキーをつまみ合い、程よく疲れた身体を癒した。

川辺でお菓子を楽しむ2人の姿からは、心なしか肩の力が抜けて、リラックスした様子が伺えた。

コケシさんはすがすがしい顔でこう振り返った。

「やっぱり、自然の中でコーヒーやお菓子を楽しむのは最高ですね。今回は作って持っていくお菓子でしたが、コーヒーのようにお菓子もその場でみんなで作れたら楽しそうじゃないですか?できたてのお菓子をその場で楽しめるようなレシピを考えたいと思いました」

一方、ジーナさんは、悔しさと楽しさを交えてこう話した。

「設備が整っていない自然の中で淹れるからこその、おいしい淹れ方や器具選びが重要だなと実感しましたね。でも、もっと視覚からも楽しめるような器具がいいかもと、新たな気づきを得られたのが収穫でした」

今後はもっと上手に淹れたいと語るジーナさん。その日、その時の一杯に向き合う彼女のコーヒーを、青空の下で飲む日が待ち遠しくなった。

都会では気づくことのできない自然の素晴らしさを感じ、心身ともにリフレッシュした私たちは、いつもより思考もクリアになった感覚があった。

ゆっくり目を止めて歩くこと、木々を愛で季節を感じること、一杯のコーヒーとお菓子を片手に、じっくりと味わうこと。ここで感じた“非日常”は本来、日常生活に欠かせないものなのではないか、とも考えさせられる宇賀渓ハイキングとなった。

Powerd by GCI(グリーンクリエイティブいなべ)

今回の旅の仲間

  • ジーナさん(@gina_coffee___)|gina coffee

    自家焙煎の移動珈琲店を営む。探り探り豆の顔色を見ながら出したい味を模索し、焙煎と抽出。古い物と映画、食べることが好きな28歳。

  • コケシさん(@cokeshicakes)|COKESHICAKES

    名古屋の工房を拠点に、間借り喫茶やイベントでお菓子を販売。季節の果物や和素材、ハーブやスパイスのお菓子を作っている。自然の中でのハイキングや散歩が好き。

今回訪れた場所

この記事を書いた人

fujico(@postrea_fujico)|ライター・フォトグラファー

撮ったり書いたり企んだりする人。世界40ヵ国以上を旅するバックパッカー。大学時代は約1年間スペイン・バレンシアに滞在し、ヨーロッパを放浪。その後、スペイン語の通訳を経験。いま行ってみたい場所は中東。