「ジーナとコケシ」でいなべ旅へ②
畑の食卓で味わう、夢のサンドイッチづくり

2021.09.20

①の記事はこちら

竜ヶ岳から下り、藤原岳の麓で畑を耕す八風農園の寺園風さんの元へ。
農園でのランチは、自分たちで採った野菜を使ったサンドイッチをつくろうと計画をしていた。
具材となるのはいなべの大地で育った食材たち。
奥様の寺園紗也さんが営むドイツパンのお店『Freibäcker SAYA(フライベッカー サヤ)』のパンに、採れたて野菜を乗せて、夢のサンドイッチを味わった。

「食卓を揃える」ため、いなべの美味しいもの達を調達

まずはサンドイッチのパンを調達するため、ドイツパン屋『Freibäcker SAYA(フライベッカー サヤ)』を訪ねた。この店は、店主・寺園紗也さんが現地でドイツパンに出会い心を奪われたことに端を発する。語学留学中に本場の味に惚れ込んだことがきっかけで、パン職人の道を目指してドイツを再び訪ねる。

現地で3年間の修業を経て、パン職人の国家資格(ゲゼレ)を取得。帰国後、名古屋で6年間、『フライベッカー サヤ』を営んだのち、結婚を機に移住したいなべで再出発した。

このドイツパン職人が手掛けるパンには、八風農園のライ麦や古代小麦をベースに、無農薬や有機栽培の野菜をできるだけ使用しているという。ジーナさんとコケシさんは、初めて目にするドイツパンに興味津々。ショーケースを見ながら、ドイツ語で書かれたパンの名前を見て、味を想像するだけで、わくわくがとまらない。

2人は「サンドイッチに合うものを」と用意してもらった2種類のパンを入手。一つは八風農園ライ麦100%のロッゲンブロート。もう一つは、八風農園ライ麦50%、三重県小麦50%のドッペルバックだ。

サンドイッチのパンを入手した我々は、寺園風さんに会いに藤原地区へと車を走らせた。見渡せば山々が連なり、西を向くとセメント工場がそびえ立つ。まるでジブリの世界のような複雑怪奇な建物は、遠くから見てもその巨大さに異彩を放っている。石灰石鉱山である藤原岳にて、約90年も前からこの町の産業を支えてきた。三岐鉄道によるセメントの鉄道輸送は、国内唯一だという。

「工業と自然。対立構造に見られることも多いですが、あのセメント工場で働く人たちがいることで、僕たち農家がこの町で営み、暮らしていくことができると思っています」

そう話すのは、この地域で有機農業を営み、そのおいしさを地域内外で広め続ける寺園風さんだ。

元々は名古屋の飲食店で働きながら、週の半分以上は自然農法の農家で修業という生活を送っていた風さん。農家一本の道を歩むべく、名古屋やその近郊で土地を探していた矢先、いなべ市にほど近い八風(はっぷう)街道沿いの土地を見つけ、いなべに移住を決めた。風さんは、「自分と同じ“風”が名前につくのでいいなと思い、この場所を選んだ」という。

ここで農園をはじめたもう一つの理由は、地名だけでない。有機栽培で農を営む〈ゆうき農園〉さんの元、有機栽培を学べる環境があり、自身の畑で試行錯誤を繰り返しながら、この土地に合うものを育てていった。

その八風農園が掲げるコンセプトは、「みんなの食卓を揃える」こと。育てた野菜は地域の飲食店を中心に届けて料理となり、小麦は『フライベッカーサヤ』のパンになる。八風農園から、地域内循環が生まれている。

風さんの話に深く頷くジーナさんは、コーヒー豆の生産者さんに思いを馳せながらこう語った。「豆を焙煎している時、産地の農園で働く人やその過程などを、よく考えるんです。風さんの思いを聞いて、より農園に行ってみたい欲が強まりました。やはり文章や映像ではわからないって思ったので、現地に行って自分の目で見て体験したいなと」

行ってみてやってみないとわからない。日頃スーパーで目にしている野菜と、この土地で生きている野菜はきっと異なるはず。我々は風さんに作物を見せてもらいながら、畑を回り、サンドイッチ用の野菜の収穫を始めた。

風さんの農園紹介は、野菜一つ一つの特徴を丁寧に解説しながら、その場でもぎって食べるスタイルだ。

ナス、きゅうり、ゴーヤと野菜を丸かじりする風さんに驚く2人。

さっきなっていたばかりのゴーヤをかじった風さんに続いて、恐る恐るゴーヤをかじる2人に、衝撃が走った。「この小さいゴーヤって、こんなにえぐみがないんだ!」と2人は野菜の自然なおいしさに目を丸くした。

夏の日差しが燦々と畑の野菜に降り注ぐ。この時期にはナスやトマト、ゴーヤなどの夏野菜が生き生きと育ち、畑に鮮やかな彩りを添えている。

収穫のタイミングを風さんに尋ねると、毎朝畑を一周して、その日収穫する野菜を決めるという。

「その野菜が食卓で味わうときに、一番おいしいと感じられる状態まで、じっくり待ってから採ることを心掛けています。生き物に先に食べられてしまうことや、熟れすぎて土へと落ちてしまうことも少なくはないです。決して効率的ではないですが、熟し過ぎる前のギリギリの瞬間を見て、ベストと思う野菜を食卓に届けています。

収穫したトマトは、市場に出ているものよりも真っ赤で、ジューシーというよりも重厚感があり、濃厚な甘みを感じた。切ったキュウリの切り口は、水分があふれ出すほどみずみずしかった。

「売れる野菜をつくるというより、作りたいものを作ることを大事にすること。うまくできたものをさらに良くなるように、日々改善に向けて努力すること。これらを楽しみながら続けていきたいですね」

風さんの農業哲学は、違う生業をする彼女たちにとっても学びの種となった。

素材の贅が尽くされたサンドイッチで、土地の魅力を味わう。

野菜を収穫した後は、テントの下でサンドイッチづくりの準備を開始。テーブルの上には、先ほど手に入れた『フライベッカーサヤ』のドイツパン2種類と、いなべ市阿下喜町にあるレストラン『nord』の自家製ハムをはじめ、『フライベッカー サヤ』で使用している生ハムやロースハムが並べられた。

寺園さん夫婦は、ジーナさんとコケシさんに牛乳が入った2リットルペットボトルを手渡した。なんでもドイツパンにはたっぷりの無塩バター塗って食べるのがおすすめらしく、そのバターを牛乳からつくるというもの。このノンホモ牛乳は、北海道の井上牧場にて、ほぼグラスフェッドで飼育されたブラウンスイスという牛から絞られており、濃厚でまろやかな味が魅力だ。

「牛乳からバターができるって知っていたけれど、つくるのは初めて!」と興奮する2人は、勢いよくボトルをふり続けては、疲れたら周りの仲間とバトンタッチを繰り返した。

八風農園の野菜を使った漬物も登場。ドイツパンには日本の発酵食品も合性が良い!

一人一つずつ用意されたまな板とナイフを使って、トマトとキュウリをお好みにカット。好きなパンと具材を切ってサンドするスタイルは、ドイツの朝食スタイルだと紗也さんが教えてくれた。

こんなにたっぷり塗っていいの?と言わんばかりのバターをパンに塗って、野菜とハムを贅沢に載せたら出来上がり。材料も作り方も至ってシンプル。だが、素材一つ一つが主役級においしいから、全て一緒に食べたら間違いない味わいが広がる。

香ばしいライ麦パンとミルキーでコクのあるバターのマリアージュに、塩気の効いたハムが合わさってうま味が増し、みずみずしく甘い野菜が爽やかに後を引く。その魅惑の組み合わせに、一同は夢中になって頬張った。

「汗かきながら、その場で収穫した野菜をかじったり、サンドしたり……幸福感がすごく大きくて、暑さをほとんど忘れていました。風さんの話は農園への愛が詰まっていて、心のこもったものは、やっぱりおいしいなって感じました」

そう語るジーナさんは、この土地で育まれた素材を五感で堪能し、最後のひと口を惜しむように嚙みしめた。

この土地の魅力を体感したのは、2人だけではない。今回の旅のコーディネーターである、グリーンクリエイティブいなべ(GCI)の荒木さんも同じだ。

「収穫してすぐの野菜たちは、一段と生命力を強く感じました。うま味と甘みが凝縮された野菜は、食べるとパワーがみなぎってくるような……不思議な感覚で。美しい空気と水、そして丁寧に育てられた野菜たちは、本当に愛らしいですね」

都内からUターンで戻って来た荒木さんは、いなべの外を見てきた。だからこそ、この町の魅力を広い視野で感じ、地域内外に伝えている。

「『衣・食・住』に加え、それらを育むことのできる自然環境が揃っている町です。それらを『つくる人』や『守る人』たちがいて、何より愛をもってこの地で暮らしているところが好きですね」

「あらためて、自分の暮らす“町”の美しさや魅力を感じています」と荒木さん。それは単に温かさだけではなく、生業への探求心や、いなべの町で暮らす人達の愛の深さがあった。

すがすがしい笑顔で話す荒木さんを見て、ジーナさんとコケシさんも自ずと笑顔に。

農園でのランチは、この地域で暮らす人にとっても、町の美しさや魅力を「味わう」機会になった。

Powerd by GCI(グリーンクリエイティブいなべ)

今回の旅の仲間

  • ジーナさん(@gina_coffee___)|gina coffee

    自家焙煎の移動珈琲店を営む。探り探り豆の顔色を見ながら出したい味を模索し、焙煎と抽出。古い物と映画、食べることが好きな28歳。

  • コケシさん(@cokeshicakes)|COKESHICAKES

    名古屋の工房を拠点に、間借り喫茶やイベントでお菓子を販売。季節の果物や和素材、ハーブやスパイスのお菓子を作っている。自然の中でのハイキングや散歩が好き。

今回訪れた場所

この記事を書いた人

fujico(@postrea_fujico)|ライター・フォトグラファー

撮ったり書いたり企んだりする人。世界40ヵ国以上を旅するバックパッカー。大学時代は約1年間スペイン・バレンシアに滞在し、ヨーロッパを放浪。その後、スペイン語の通訳を経験。いま行ってみたい場所は中東。